物置

書いたものを置く場所です。

養父は狩人。第1話 「あり得ない」

男は肩までかかる位のロン毛で、どこか日本人離れしている青みがかった瞳。助手席のシート背の低いくいシルクハット、袖からちらりと見えるハンドルを握る右手は包帯に包まれ、左手は黒い手袋をしていた。

「あ……はい。」

「乗りな。」

「……」
絢斗は言われるがままに、目の前に横付けされた黒いプロボックスに乗り込んだ。

「あの…名前は…」

「ああ、すまん。俺は亜木。夕刻亜木だ。」

「アキさん、ですか…よろしくお願いします。」
珍しげな名前に、絢斗はすこし興味をもった。
アキなんてアニメのヒロインや、女性によくありそうな名前だ。引き取り先の人なら、僕の名前は夕刻絢斗になるんだろうかとぼんやり思っていると、車のタイヤが動きはじめた。駅に備え付けてあるバス停のくねくねとした道でハンドルをきりながら、亜木が話しかけてきた。

「今日は仕事がある。結構遠出になるから、そのつもりでな?」

「あ、はい……仕事って、何をやってるんですか?」

「見たらわかるよ、お楽しみ。」

「はあ……」
仕事って何なんだろうか。頭の中にモヤモヤが残った。

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バイパスを出た黒のプロボックスは、山道にさしかかろうと急カーブを曲がっていた。
1時に駅を出発して、もう3時間は経とうとしている。
道中、亜木との会話は絢斗の学校などの話でそれなりに盛り上がり、退屈はしなかった。だが、絢斗の祖父
、黒道直之や亜木自身、仕事の内容の話題になると、亜木は口を噤んだ。

「少し食料と水買ってくる。待っててくれ。トイレ行きたかったら行けよ?」

「あ、じゃあ待ってます。」
絢斗の返事を聞き取ると、亜木は道中のコンビニに車を止めて降り、店に向かっていた。
(暇だな……)
絢斗はふと、助手席の足元に目を止めた。黒い物体に気がついたからだ。
駅では窓の外からでは死角で見えず、今までは亜木に気がいっていて意識的に死角だった。

それが、なんだか無性に気になった。

「なんだろう……鞄?」

目を凝らすと、袋からは光沢のある黒い、長い棒のようなものが一本、突き出ていた。

「えっ……」

お腹の中に一気にざわざわとしたものが広がり、動悸がおき、鼓動が早くなる。

(銃身!?)

銃には詳しくない全くのド素人の絢斗の目にもわかるようなデザインの銃口が、袋(鞄か?)の口から覗いていた。

普通ならモデルガンかと疑うが、今の絢斗にはその余地はなかった。
謎の残る祖父の遺言状。携帯番号しか信用性のない引き取り人。仕事の内容や素性を明らかにしない亜木。
それらの埋もれていた不信が吹き出した絢斗には、そんな「普通」な考えが出せなかったのだ。
絢斗は恐る恐る袋を手に取り、中身を確認した。

(な……)

息が止まった。
鉄の匂いが鼻をつく。

なに、これ?

袋の中には赤いシミがついたナイフ、突き出ていた銃以外に2丁の長めの銃(ライフル?というのだろうか。)その弾が40超ほどと、
他にも名前も知らないような物(大抵には血?が付着)が沢山入っていた。
頭が痛くなってきた。凶器?しかも、たぶん、本物だ。全部。全身の毛穴から嫌な汗が一気に吹き出る。
落ち着け。焦るな。そんな言葉が頭の中を通り抜けるが、一向に心臓は落ち着く気配がない。
とりあえず、急いで入っていたものを袋に戻し、元の位置に置いた。
耳鳴りがする。こんなことありえない。一体何がどうなって…………

その時、車のロックが開く音がした。
帰ってきた。今目にした大量の凶器の所有者が。
今度は心臓が止まりそうになった。

「悪い、待たせたな。」

車内が水を打ったように静かになった。

返事をしなければ。怪しまれてしまう。そんな心の声とは裏腹に、声が出ない。
恐怖で肺が硬直してしまったように、息が苦しい。きっと自分の顔は今、恐怖に歪んでいるだろうか。

亜木は何か感じたのか、少し表情を曇らせた。

感づかれたか 当たり前だ。ガチガチなのだ。
亜木は助手席の袋に目を落とし、そしてゆっくりとこちらに視線を戻し、最悪の言葉を放った。

「見たのか?」

「あ……いゃ……はい。」
頭から血の気が引いていく。しどろもどろになりつつ、問に答えた。

「そうか……」
あまり気にしていないと言わんばかりの、さっぱりとした受け答えに驚いた。てっきりすぐにでも、口を塞がれると思ったのに。
亜木は全く道中と変わらぬ様子で、エンジンをかけた。

「気になるか?」

「え?」
いきなりの問いかけに、思わず声が出る。

「その銃、狩りに使うんだ。」

「へっ?」

「狩り。俺の仕事だよ。さっきも一頭狩ってきたとこでな。この時期は忙しいんだ。」
そう言って、狩猟免許書を絢斗の目の前に突き出した。免許証には、亜木の氏名と顔写真が印刷してあった。

「あ…………」
なへなと力が抜ける。体が溶けてしまいそうな安堵感に包まれた。何故だか手足がしびれた。

「まさか人用かと思ってたか?」
亜木は半笑いで冗談めかしに言った。

「え…ええ、はい。まあ。」

「…っ。おい……、映画の見過ぎじゃないのか?」
笑いを堪えたのか、亜木は少し息を止めていた。

今度は顔が熱くなってきた。恥ずかしい……。
山道を登る間、亜木さんに謝罪し、コンビニで買ってきたおにぎりとお茶を食べた。
その間、亜木さんからは色々な話を聞いた。獣を仕留めた時は直ぐ解体し、痛むのを防いだり、今の様に寒い時期はそこにおいて後で回収するのだという。
安堵感、これからの自分の生活はどうなるのかなど、そんな事を考えていた。

 

「着いたぞ。」

亜木の口からその言葉が出たのは出発して4時間、午後5時のことだった。
空は夕焼けに染まり、鴉が鳴いていた。
待ち焦がれていたその言葉を耳にした絢斗は、顔をあげ窓の外を見た。そこにはどう見ても手入れされている跡が見当たらないような、古びた神社があった。

「あの……亜木さん。」

「なんだ?」

「狩りをするんですよね?」

「そうだ。依頼されてな。」

「こんな神社で一体何を?出発前のお祈りでも?」

「すぐわかる。ちょっとその鞄持って付いて来てくれ。」

「……はい。」

亜木は車を降り、助手席のシルクハットを被って神社に向かっていった。
そのあとを絢斗が荷物を持って続く。


神社に入ると、ひと組の老夫婦が待っていましたと駆け寄ってきた。

「明代を、明代をどうかよろしくお願いします。」

「分かりました。責任を持って。」

こんな会話がチラリ、と聞こえたが、なんのことだか解らない。
アキヨって誰だ?狩人って獣を狩る仕事だろ?まさかペットの名前?

ペットを狩人に頼んで殺す?

モノスゴく暴れてるとか…?

そんなあり得ない事を考える程、頭が混乱していた。

「なにボーっとしてる。行くぞ。」
亜木さんが強めの口調で言い放ち、奥の部屋に進んでいく。

「え、あっ!」
「ちょっ…と…」
慌てて追いかけて奥の扉をあけ、質問を投げかけようとしたが、その声は急激に萎んでいった。

なぜって?

さっきの自分の考えよりも「あり得ない光景」があったから。

 

 

つづく