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養父は狩人。第2話 「はじまり」

「…え」

 

「フーーッぐftgshgdぼがっばうぐべgぐごおごおぐぐぐ」


広い部屋の真ん中で、女の人が椅子に鎖で無理やり縛り付けられ、狂ったように頭や手など動くところを必死に、動かしていた。
なにを示しているのか?本当に意味があるのか?わからない「音」を口から発しながら。
女の人、なのか?本当に人なのか?そんな風に感じるほど異質な雰囲気だった。


「っ……」


なんだこれ、これはなんなんだ? 


「絢斗、ナイフを。」


「えっ…、あ……」

ナイフ?この(カバン)中のやつ?いま使うの?何に?


「しっかりするんだ。」


「う…え、だって、亜木さん。」


なんでこの人はこんなに冷静で居られるんだ?
なんでこんなに…「慣れて」る?


「まいったな…『オボコ』ちゃんかい。」


そう言うと亜木は、胸元からひと振りの銀のナイフを取り出し、女の人に近づいた。


持ってたの?ナイフ
まさしく非現実の塊のような現実を前に、僕はそんな事を考えていた。


「ごぐjほぼうyfyぐghぎ」


「うるさい。」


亜木はそう言うと、包帯の方の手で女の頭を鷲掴みにし、女の人?から何かを「引き抜いた」。


「……っ!?」


『がぎおtsとkzzfzだごおががっがg!!!!!!!!』


引き出された『何か』はまるで頭を掴まれた事を憤慨するように、まるで包帯の手から逃れたがるように、亜木を引き裂かんと手(?)を伸ばした。


瞬間亜木の周りの床が弾け、破片と轟音と煙が辺りに撒き散らされる。


「うわっ…あ、亜木さん!?」


絢斗の声が部屋の中に響く。突風が室内に起こった。煙が晴れる、破片が飛ぶ。亜木の姿が見える。


『おおおがぐggvtttgffcっざざzggっどおざhじzsっぐ!!』


『何か』は宙に浮いた。


また来る?

なにが起こっているのか解らない絢斗も、それが亜木に危害を加えている事はわかった。


「亜木…さん、上っ…!」


混乱と恐怖にもみくちゃにされながら、精一杯の警告をした。
しかし、亜木は反応を示さずピクリとしない。


さっきの爆風のダメージ?


『何か』は勢いを付け亜木に衝突し、


砕け散った。


『ごごggっごzgzghzhざざsっはぶbhがhぐあgh』


「…心配しすぎだ。」


亜木のナイフは『何か』を捉えていた。いや、止まったナイフに『何か』突進してきただけだった。
ナイフが刺さった『何か』は、ボロボロと崩れていき、少し光ったかと思うと、消えた。


「だ、大丈夫、ですか?」


絢斗が亜木に駆け寄る。腰は抜けていなかったが、足ががくがくと震えている。


「ああ、この通り無傷だ。それより…いや、まずは仕上げだ。急がないとまた来ちまう。」


「え?仕上げ?まだ終わってないんですか?っていうか今のは」


「聞きたいことは沢山あるだろうが、あとだ。骨を探して焼く。」


亜木は絢人の疑問の波を食い入るように切り捨てると、ナイフを懐に仕舞った。


「え?」


「だから説明は後だ!行くぞ。鞄もってこい!」


そう言うと亜木は走って外に向かっていった。


「ちょっとぉ!?」

 

 

「これですか、骨って……」


絢斗と亜木の前の穴には、白骨した人骨が埋まっていた。
おえ、と始めて見る骨に気分を害す様子を見せる絢人。


「ああ。お前の中にも入ってるものだぞ?気味悪がるな。それより火だ。焼くぞ。」


「は、はい。」


言われるがまま、鞄から液体の入ったボトルと、マッチ箱を取り出し、亜木に渡した。
亜木はボトルとマッチを受け取ると、ボトルの蓋を開け骨に灯油を垂らし、マッチに火を付け投げ入れた。


「これで、完了。と。」


「はあ…」


「疲れたろ。初めて見たんだからな。無理もない。」


「あ、そうだ!仕事って、もしかしなくてもこのことだったんですか!?」


神社の時からの疑問をぶつける絢人。


「ああ。」


「じゃあ、あの免許書は…?」


絢斗がそう聞くと、亜木は、いや、「夕刻亜木と名乗る男」はニヤリとして胸ポケットから10枚ほどのカード、手帳を出した。
よく見るとそれぞれ違う名前で、同じ顔写真の免許書や、中には警察手帳などまあった。


「……あなた、一体……?」


絢斗は唖然とし、それしか言う言葉が見つからなかった。


「さっき見せたろ、霊や悪魔、呪い、魔物、妖怪。そうゆうの。それを、狩る役だ。」


バカけてる。なんだそりゃ。ヴァンパイアハンター?いやゴーストハンター?でも…


信じる他なかった。だって自分は”見てしまった”んだから。疑える事なら疑いたかった。が、
今の絢人にはそれができなかった。目の前の男が語る職を、そんなものの存在を。
今の絢人は肯定するしかできなかった。
そうなると、連鎖的にもうひとつ。


ん、まてよ?ちょっと待て。じゃあこの人に僕を預けた…


「お爺ちゃんも…?」


疑問は既に口に出ていた


そんな疑問に対し、男は大げさに手を振り、わざと演技ぶって答えた。


「そう。黒道直之!爺さんはこっちじゃあ知らない奴はいないぐらいの名ハンターだった。
てっきりもう知ってると思ってたどまさか存在も教えてなかったなんてな~~。黒道の爺さん。」


「な…」


「なんで最初に言ってくれなかったんです!?」


イライラと驚きを目の前の男にぶつける。


「…じゃあ絢人君は最初に言って信じたか?」


「っ…」


確かに、男の言うとおりだった。
もし電話口で伝えられていたら、あのカバンの中身を、本当の使用目的で説明されたら?


「『これは化け猫や幽霊を殺すための道具です』って言って、信じたかい?」


「……。」


信じなかっただろう。あの状況なら笑う余裕もなく、間違いなく警戒が臨界に達して逃げていた。


「…黒道の爺さんから、俺が死んだらお前が絢斗を一人前にしてくれ。って言われててな。」


「僕…が?」


僕が霊を?銃や刃物を使って?今まで持った一番長い刃物は柳刃の包丁ぐらいだ。力だってほとんどない。
そもそも僕はまだ高校生だし…


「強要はしない。……、君には権利がある。」


「…いきなり言われても」


「…君には権利がある。真実を知る権利が。」


「えっ…?」


「黒道絢人。君のお父さんとお母さんも、俺たちと同じハンター《狩人》だった。」


「!!」


お父さんとお母さんが?


「うそだ、だって、お父さんは会社員、お母さんは主婦で…僕が生まれてすぐ…事故で死んで…」


「…」


「って…お爺ちゃんが……」


言ってた、お爺ちゃんが。


絢人が俯く。


「死因は仕事中、しくじったんだ。獲物は強力なヤツだった。お父さんはお母さんを庇って…お母さんは命と引き換えに獲物を狩った。……立派だった。」


男は絢人に、言い聞かせるように言った。最後に帽子を深く被り、俯いた。
恐らく、知人だったのだろう、もしくはそれ以上の友人だったかもしれない。


「信じろって、言うんですか。」


「それが真実だ。」


わかっていた。本当のことなんだと。それでも疑いたかった。たった今膨大に流れ込んできた真実を否定したかった。
“非現実な真実”から、“嘘の現実”を守りたかった。


あたりに冷たい風の音が響く。


低い声で、絢斗が静かにつぶやいた。
男は押し黙り、続きを待つ。


「僕、やります。」


「……いいんだな?危険だし、元には戻れない。絶対に。」


男は真剣な眼差しで絢人を見、問う。そこには車内の時の様なおどけた様子は一切ない。
真剣に、目の前の少年を。絢人の覚悟を。


「……はい。」


また、絢人も男の目を、しっかりと見据えていた。


「……わかった。じゃあ俺の本当の名前を教えよう。」

 

「九峰蘭化《クミネ ランバ》だ。よろしくな。」

 

「……それ、本名ですか?」


先ほどの亜木という名前の方がまだ違和感のない名前なんじゃまいか、と絢人はいぶかしんだ。


「当て字だからな…。」


頭を掻く蘭化。


「結局本名じゃないんですか!?」


「日本では本名だ!それより神社に戻るぞ。依頼主のこと忘れてた。」


「あっ」

 

その後僕達は神社に戻った。
正気に戻った明代さんと、両親の二人から感謝の言葉と謝礼のお金を頂いた。
料金は基本無いのだが、「気持ち」だそうだ。亜木…蘭化さんは、ありがたく頂戴していた。


僕は狩人になるために蘭化さんの付き人?弟子?養子?どういっていいかわからないが、とにかく付いていくことになった。

一人前の狩人《ハンター》になるために。


たった一日で普通の高校生から別の世界に来てしまったのだ。
でも、もしかしたら僕には『こちら側』が現実だったのかもしれない。いままでが嘘の世界だったのかもしれない。 


どちらかはわからない。もしかしたらどちらも嘘で、どちらも現実かもしれないが、言えることは


僕が今から踏み入れる世界が、お父さん、お母さん、お爺ちゃんの…皆が見てきた現実だという事。


そう思うと、怖いような、嬉しいような、わくわく?にも似た感情が、胸の奥から――――

 


「起きろ、出発だ。」

「ふぇ!あ、はい!」


つづく