養父は狩人。 第5話 「責任」
なんてこったいつもこうだ。
悪い予感だけ、よく当たる。
《石泣村》
「村長!早くこっちに!!」
《標的》
《穢》
「ひええ!」
村長は転がるようにして倒れながら、なんとか間一髪犬神の爪から逃れ蘭化の足元へとたどり着いた。
それに反応し蘭化は村長の前に付き、犬神は獲物をの心臓を狩る為の二撃目を放つ体制に入り右前足を振り上げる。
瞬間、蘭化は懐に突進し、銀のナイフを左の逆手で抜いた。
ドスリという手応えが蘭化の肩に伝わる。
ナイフは犬神の胸を抉り刺し、標的の動きを止めた。
瞬き一つ程の間の後、犬神の身体は崩壊を初める。
「ふぅ…」
ため息をついた束の間、また瞬時に元の形を取り戻し始めた。
「っ!?」
ゴリ、という衝撃、感覚。焼けるような痛覚が蘭化を襲う。
左腕が噛み砕かれた。鮮血が飛び散る。
「ひいっ!」
村長の悲鳴。しかし、蘭化は四肢の一部を噛み砕かれようと心を乱さない。
完全に油断した。崩壊からここまで早くこの場に戻るとは。この前の地縛霊の比じゃない…いや、こいつは…
ナイフを犬神の下顎に腕ごと差し込み、崩壊の一瞬の間になんとか左手を抜き取り追撃を逃れるため3歩ほど後退する。
村長は裏口のドアから外に出ようと横に走る。。
「神田村長!北側だ!北側の森に逃げる!」
「わ、わかった!」
犬神の頭部は既に修復していた。
そうか…やはりこいつ…。
ピリリリ ピリリピッ
「…もしもし」
《絢人、お手柄だったみたいだぞ。》
「ら、蘭化さん?どうしたんですか?いきなり。」
お手柄?いったい何のことだろう。さっきの情報が役に立ったのかな?
さっきの電話からまだ数刻もたっていないというのに。
《緊急事態だ、今襲われている。》
「えっ?ちょっと待ってください、どういう事ですか!?襲撃は…」
襲われている!?犬神に?一体どうし…
《神田村長は繋がりがあった!石泣村とな!標的は村長だ。》
「そんな…」
刹那、何かが割れる音、獣の唸り声が絢人の鼓膜をつんざいた。
「!!蘭化さん!」
そうだ、向こうは襲われてるんだ。何もそんな時に僕なんかに連絡しなくていいのに
《絢人!要点だけかいつまんで説明するから聞き逃すな!リオにもちゃんと伝えろ!いいな!》
「!」
《いいか、この犬神は動物霊でも妖怪でもない、おそらくは最初期のものっ…》
床と重く硬いものがぶつかったような音
絢人の腹部や胸部にざわざわとしたものが広がる
「蘭化さ…」
《黙って聞け!お前の言っていた呪術!それがこの犬神の正体だ。》
「!」
「今発動した理由、石泣村と繋がりのある人間を襲う理由っ!」
ナイフで犬神の左前脚を切り飛ばし、目線で狙われる部位を判断。左肩!回避!
コイツ
「それらは、わからない。だが犬神はここに現れ、村長を襲ってしまっている。」
袈裟がけに抉るような犬神の爪を飛び越えるように前転で躱しつつ肘で着地、そのまま回転で衝撃を逃がす。
蘭化はこの回避で、村長と犬神の間に入る。
犬神の左前脚は既に再構築に入っている、やはり速い。霊や妖怪ではありえない程に!呪術、それも力が強いものだ!
これ程のものなら、自ずと全容も絞れてくる。
「ただ一つ確かな事は、術式の場所は間違いなく石泣村だという事。絢人……」
『俺は今、抵抗することで精一杯だ。』
「そ、そんな」
精一杯って、どうしよう、蘭化さんがっ…
絢人の中では、焦り、恐怖、絶望、拒絶…そんな想いが渦巻き、心臓は今にも凍る程に冷めきってしまいそうだった。
《…絢人、お前に依頼する。石泣村に行って呪いの元を絶つんだ。》
「えっ」
え? 僕が?
鼓動が速くなる
《初仕事だ。気張れよ。「依頼者が死ぬ前に呪いの元を絶て」。》
「ええええ!?」
ちょ、ちょっと待って、そんなっ
「ぼ、僕そんなこと…」
《やるんだ。絢人。お前を信じる。『今、できるのはお前だけだ。』》
「っ………!!」
《頼んだぞ…絢人》
通話は終了した。 絢人にとって、人生で経験した中で一番永く思えた時間だった。
電子音が反響する中、絢人は噛み締めていた。
責任
託された。生死を。
蘭化さんが、知り合って、一緒に行動すようになって、見習いになって…触れ合って、まだ3日ともたっていない僕にそれを託した。
無責任?違う。蘭化は僕をー、あの夜の、僕の決意を信じてくれたんだ。
《立派な狩人になる。》
黒道絢人 齢17の少年。社会に未だ進出していなかった彼は、生まれてこの方、責任という責任は背負ったことがなかった。そんな絢人が、初めて託された責任。人の命。富、名声…様々な者が行き交う世の中で、どんな生き方をするかによるが…この世で最も重い物だろう。
そんなものを「託された」!
地面が歪むような緊張!逃避したくなるような重圧!しかし彼はそれらから逃げなかった。
混乱する頭の中で、絢人には揺るがない思いがあった。やりきる。絶対に答えてみせると。
「……」
携帯電話を持ったまま、数瞬呆けていた。
「ど、どうしたの?」
電話に応答していた絢人の反応に驚いたのか、リオが様子を伺う。先ほど起こしたのだ。眠気などはとっくに覚めてしまったようだが。
絢人は今さっき聞かされた事を多少テンパり気味で、なんとかリオに説明した。
「大変じゃない!急いで向かわなきゃ!!」
事情を聞くと、リオは絢人以上に慌て始めた。
「でも、車はありませんよ!?ここまで結構時間かけて来たんですけど…」
焦る絢人を両手の掌を向けて制し、リオは深呼吸をして自分を落ち着けた後、こういった。
「伊達にここに住んでないわ、抜け道があるの。そこを使えば15分もすれば道路に出れる。」
「そ、そうなんですね!」
「あ、ちょっとその前に呪術を解くための道具とかが要るわ。絢人君はそれを、私も準備してくるわ!」
「は、はい!!」
そう言うとリオは台所に向かっていった。
緊迫してたから返事しちゃったけど、呪術を解く道具ってどこにあるんだ!?あとなんで台所に…いや今は道具を探さないと。えっとたしか犬神の儀式は犬の生首を使っていたから……そ、そうだ!
絢人の足は資料室に向かっていた
ナイフを持った右親指でペンダントを口に入れると宝石部分を歯で噛み、通話機能を停止させる。ふぅ、と一息挟んだ後、蘭化は目の前の獲物に話しかけた。
「さあ、来いよワンちゃん。散歩だぜ。」
犬神の方を向いたまま後ろに逃げつつ、ナイフを左腕の内袖にポケットに挿し入れ仕舞うと、右腕を振る。
すると、遠心力により袖の内に仕込まれた拳銃が既に撃つ構えの蘭化の掌に滑り降りる。
そのまま、向かってくる犬神の右肩、左後ろ足の腿に銃弾を撃ち込んだ。
彼が今使用している銃…正確に言えば銃弾にだが、これらには既に試用している銀のナイフと同じような特殊な刻印が掘られ、清められている。
これにより霊的な存在に干渉可能で、浄化の印により邪なるものを浄化する事ができる… が、
《ガアアアアアア!!!》
本来この銃弾はアタッチメントのないリボルバー式の拳銃で撃つべき代物である。
加えて今付属されている、日本では必須となる消音機には弾丸に接触する際に擦れ、筋が入ってしまい更に効果を半減してしまう。
やっぱり効果は微妙…だが
蘭化は胸元から透明な液体の入った小瓶を取り出すと、自分たちと犬神の間を断絶するように、辺りに逃げながら小瓶の中身を振りまいた。
「さ、指原さん何を…」
謎の行動に、村長が足を止める
「いいから!そのまま森に向かって走るんだ!」
村長の事を庇うように体は犬神の方に向けたまま、後ろ向きで走る。
裏口のドアから十数歩進んだ時にはもう犬神は立ち直り、今にも跳びかろうとしている。
瞬間、蘭化は地面に向けて引き金を引いた。
「えーと…聖水と…金槌と…灯油、マッチ…!」
「絢人くん、早くー!」
下の階からの声がドア越しに聞こえる
「今!今行きます!!」
よし、これでいい。きっと。
資料に書いてあった物をビニール袋に入れ、急ぎ足で下に降り、玄関から出る。
「お待たせしました。準備、できました。」
「オッケー、ちょっと待って。」
リオは扉の前にある青い石…扉霊石を取り、バッグに放り込む。
するとほかの石も発光を止め、家はまるで安っぽい自主制作映画のCGめいて瞬く間に透明になり、消えた。
「よし、じゃあ行きましょう。こっちよ」
そう言うとリオは家の裏にある、獣道のようなを進んでいった。絢人も後ろをついて行く。
「リオさん、道路ってバス停とかあるんですか?」
なれない山の小道を進みながら、絢人はリオに問うた。いや、無ければ話にならないとは思っていたが、確認しておきたかった。
「無いわ」
絢人の周りの空気が固まる
「…え?」
「タクシーを待つしかないわね。たまーにいるのよ。」
衝撃的な事を軽々しく言い放つリオ。えっ、蘭化さんが危ないかもしれないのに…?いや、リオさんに言ったって、でも、えっと、
「じゃあ、つまり、……運?」
「そうなるわ」
気が遠くなりかけた。
ここに来て、運とは。
落胆する絢人を見てリオは明るい笑顔で、
「大丈夫よ!今日は居そうな気がするもの。それにこれが今私達が有する最大最速の移動手段なのよ。」
はぁ、とため息が出る。
「そう、ですけど……そんなにうまくいきますかね…」
いった。
「……あった。」
森を抜けると、目の前の道路には茶色のタクシーが空車の文字を光らせながら佇んでいた。
「ほらやっぱり!うまくいったわ!Heyタクシー!乗せていって!!」
リオは笑顔で絢人の方を向くと、大きく手を振りながらタクシーに向かって走った。
蘭化が発砲した弾丸は、犬神の足元に正確に着弾した。
正確には、彼が撒いた液体に。
瞬間的に着弾箇所から青白い炎が舞い上がる。
それは蘭化が撒いた液体を伝い広がり、犬神の前、後、左、右に轟々と壁を形成していた。
犬神はそれを突っ切ろうと前足を入れたが、その後苦痛を感じ取れる唸りをあげ、弾かれる様に距離をとった。
「指原さん!!火、火なんて放ったら、わしの家が燃えちまう!!」
「落ち着いて村長。あの炎に熱は無い。家には引火しない。」
「え、そうなのか?じゃああれは…」
「聖油…といってもかなり特殊な聖油だ。強い魔除けと浄化の効果を持ち熱を感じると青白い炎を灯す。」
元々犬神は穢を食い浄化する妖怪で、魔除けは効かない筈だ。
…あの犬神は呪術で作られた最初期の物。それもあの殺気、恐らく原動力は憎悪!そうなれば悪霊と大して変わらない。
「あいつは浄化の刻印に微弱だが損傷を受けた。だからあれが効くと踏んだんだ。」
青白い炎は犬神の四方を取り囲み、一向に収まる気配を見せない。
「これで時間は稼げた…。あの炎は数十分じゃびくともしない。が、のんびり説明している暇はあまりない。森に向かいましょう。」
「そ、それもそうじゃな!急ごう。」
こうしちゃおれん、と走り出す村長。さっきまで紙束を運ぶのにひいひい言っていたといつのに、人間の生に対する執着は強い。
蘭化は腕を縛り応急手当をすると、村長と共に北に向かって走り出した。
「いやー助かったわ。ありがとうね。」
タクシーに乗り込んだリオはシートに腰掛け、運転手にお礼を言った。
「は、はあ。どちらまでですか?」
突然お礼を言われた運転手はすこし動揺しながらも、お客に行き先を聞いた。
「石泣村までお願いします。」
タクシーに乗り込みながら絢人は答えた。
運転手の表情、動きが一瞬固まる。
「そこは、もう」
「人はいない跡地なんですよね、でもどうしても行きたいんです!急いでいるんです。お願いします。」
絢人は不自然に思われている事を分かっていつつも、焦りながら催促した。
急がないと、蘭化の身になにか起こってしまうかもしれない。
「……はあ。」
運転手が顔を渋くする
「あ、もしかして昔だから道わかりませんか…?」
やばい、もしそうだとしたら最悪だ。一瞬目冷や汗をかく絢人。
しかし、運転手は少し間を置くと、こう言った。
「…ご安心ください、覚えていますよ。」
「私は、そこの出身なんです。」
つづく