物置

書いたものを置く場所です。

養父は狩人。 第3話 「犬神」

 

「ところで…今日は何を?」
 
田舎の無駄に広い田端を走る車内で、絢人は蘭化に問いかけた。
 
「狗狩りだ」
 
長旅の疲れを象徴したかのようなあくびを噛み殺しながら、運転手は答えた。
聞きなれない単語に絢人は少し混乱する
 
「…ワンちゃんをですか?」
 
混乱を解決しようと咄嗟に言葉が出てしまう。
 
「プッ」
 
一瞬の間の後、それを聞いた蘭化が噴き出す。
 
「な、なんですかっ」
 
「お前その年でわんちゃんって」

口元に手を当て、口角を上げ目を細めながら振り返る蘭化。明らかにからかっている表情だ。
 
「い、いいじゃないですかっ。」

「好きに呼んでも…わあ!前!前!」
 
呟くような些細な反論は、直ぐに大きくなり別の言葉に変わった。
絢人の言葉に突き飛ばされる様に正面に視線を戻すと、眼前に猛スピードで塀が迫っていた。
「うおっ!?……!?」
 
慌ててハンドルをきり、片輪が上がる。
「わわっ」

車体が大きく傾きドリフト走行のようになりつつもなんとか角を曲がりきる。
車の角度が元に戻るのと同時に、蘭化は安堵の声をを発した。

「ふー…」


絢人もホッと胸をなでおろす。が、すかさず蘭化に注意した。
 
「ち、ちゃんと前見て運転してくださいよ!」
 
「…わかった」
 
蘭化は少し腑に落ちない様子たったが、すぐに運転を再開した。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
「あ、そうだ。さっき言ってた狗狩りってなんのことですか?」
 
思い出したように、ついさっき聞き逃した答えを催促する。
 
「文字通りだ、ワンちゃんを狩るんだよ。まあ今回は向こうが猟犬だがな」
 
ますますわからない。なんでこうこの人は質問の答えに謎を持ってくるんだろうか?
ってういかまだワンちゃん持ってくるか!
…そのくらい自分で考えろってことかな?
 
「だから…その、猟犬ってのはなんですか?犬…っていったらケルベロスとか?」
 
脳裏に三つ首の犬の化物か浮かぶ。
 
「いや、ケルベロスはどっちかと言えば番犬だ。それに西洋系の魔物。ここは日本だぞ?」
 
なるほど、確かに地獄の番犬ってよく聞くもんな。でもそこまで、何言ってるんだ?みたいな感じで言わなくてもいいのに。

絢人は少しムッとした。

…っていうか半分冗談だったのに、マジめに返されると困る。ケルベロスも実際に居るってことだよね。
 
「……じゃあ、その猟犬っていうのは?」
 
悶々とした感情を少し表しつつ、蘭化にクイズの答えを求める
 
「ああ、犬神だ。」
 
「犬神?」
 
頭に浮かんだ疑問は、そのまま口を滑り抜けてきた。
犬神、犬神ってなんだろう。神様ってからには、結構貫禄とかあったりするんだろうか?でも狩るって言ってたしな…?
 
「 今回はいつもとケースが違うらしい 」
 
…なんでこの人はこう謎を残すのかな、やっぱりいまいちわからない。もしかしてこの人説明苦手なのかな?

蘭化の相変わらずの説明に絢人はちんぷんかんぷんだ。次第に深く考えるのをやめたようで、
『だからそのケースとか正体を聞きたいんです』という言葉を飲み込み、はあ。と相槌をうった。
 
 
 

強い車の揺れで目が覚めた。体の節々が痛い
車窓の向こうに広がる空が紅色に染まっている。ホテルを出発してもう何時間経っただろうか。ふと車のデジタル時計を見ると午後六時半を示していた。
 
「蘭化さん…あとどれくらいですか?」
 
寝ぼけ眼を擦り、身を起こしながら運転手に尋ねる。
 
「お、起きたか。あと2、3分だぞ」
 
タイミングいいな。と付け加えて蘭化は言った。
やっとここからから開放される。と、自然とため息が出そうになった。なんせ五時間は車に揺られていたんだ。
…それにしても随分深い森の中だ。さっきから続くこのひどい揺れも、かなり道が荒れているのを物語っている。
依頼者の家ってどんな所にあるんだ…?
まさかこんな森の中じゃないよな?
 
「ふーっ、…着いたぞ」
 
蘭化がやりきったと言わんばかりに背伸びをする。絢人の不安の中、車は森のど真ん中で停車した。
絢人はまた混乱した。
 
着いた?えっ?まだ森の中じゃないか。家どころか人工物すら……
 
「こ、ここが依頼者の家ですか?」
 
蘭化に疑問をぶつける。
 
「依頼者?…いや、違うが。」
 
「へ?」
 
予想外のことが起きすぎて状況がつかめない。依頼者の元でもない森の奥深くに、五時間もかけて来たのか?
 
「ちょっと待っ…じゃあなんでこんな山奥に?」
 
「下準備だよ。今回は結構骨が折れそうだから、友人に手伝ってもらおうと思ってな」
 
あれ言ってなかったっけ?と頭を掻きながら不真面目そうに言う蘭化に、初耳ですよ。と若干苛立ちと落胆らを露わにしながら食い気味に訴えた。

やっぱり少し抜けてるというか、なんというか。……頼りないな、この人。

絢人は長旅からの解放とは別のため息をついた。まだ現場ではない、ということへの落胆でもあったが。
 
ん?でも…
その友人さんって何処にいるんだ?少し開けてはいるけど周りは木ばっかりだし…
周りを観察しても、中央に円状に、規則的に置かれている石以外には人工的な物は見当たらない。…あの石がなにかある?
 
「あの…」
 
もう一度蘭化に問いかけようとした時、蘭化が青い石のようなものを鞄から取り出し、中央にある石の羅列の、真ん中に置いた。
 
「蘭化さん…?」
         ・・・・
「まってろ、今から出てくる」
 
そう言うと今度は小瓶を取り出し、蓋を開けて中身の液体を石に垂らす。
すると周りの石も真ん中の石のように青くなり、次第に光りだした。
夕暮れに染まる空の下で、青い光があたりをを照らす光景はなかなか幻想的だった。だが、それよりも絢人の目を奪ったのは、その周りの変貌だった。
扉が、壁が、屋根が、窓が、家が。石の円の奥に、初めは朧げに、やがてハッキリと現れだしたのだ。次第にそれは材質の木材が、温かみを感じれるほどになっていた。
 
「……。」

 

絢人は『開いた口が塞がらない』を体現した。
 
「ほら、ぼーっと突っ立ってないで入るぞ。」
 
全く気にしようとせずさっさと家に入ろうとする蘭化。
 
「ちょ、ちょ、ちょっと。」
 
「ん?」
 
「いや……こ、これなんですか?」
 
未だ目の前で起きた現象を信じられないでいる絢人。目の前に『出現』した家を指さしながら、やっと出てきた言葉で蘭化に目の前で起きた現象の説明を求める。
 
「んぁー…、とりあえず入ってから話していいか?」
 
疲れを訴えるように欠伸をしながら、家に入ろうと催促する蘭化。
 
「は、い…」
 
絢人の了解を得、悪いな。と言いながらノックハンドルを掴み、コンコンと軽い音を鳴らした。
 
 
「何?」
 
暫くしてドアから声がした。女性の声だった。
 
「俺だ、九峰だ。少し手を借りたい。あとベットも。」
 
ドアの向こうの女性は言葉を聞き取るとすぐドアを開けた。
 
「どうぞ、入って!」

 

 

家の住人であろう女性は、青い瞳、整った顔立ちに少しぼさっとしたブロンドの髪を後ろで結び、黒縁の眼鏡をかけていた。
歳は20前半程といった感じの風貌をしていた。

うわ、初めてテレビ以外で外国人を見た。日本語ぺらぺらじゃないか、すごいなあ。だらしなさそうだけど綺麗な人だ。と絢人は思った。


 家の中に通されリビングに向かう途中、結構世話になっててな、銃弾の作成や情報の収集をやってもらってる。と蘭化は言った。
リビングには一台のデュアルディスプレイ型のパソコン、大量の本棚、ホワイトボードなどがあった。
どうぞ、座って。と言われ紙が散乱している木製のテーブルにつく。

「へえー…この子が黒道さんとこの…隠し子?だっけ。」

「アタシ、リオ。リオ・メリオスよ。よろしく。」

「孫だ。爺さん元気すぎんだろ!」

 女性の自己紹介に、すかさず蘭化がツッコミを入れる。あら、そうなの?とお土産のコンビニの惣菜パンを齧りながら答えるリオ。絢人は彼女の想像を超えただらしなさというか、いい加減さに苦笑いをしていた。

この人が蘭化さんの友人か。

「あ、そうだ。あの、さっきのこの家がいきなり現れた…っていうか、まず石が光ったりだとか、色々起こってて何がなんだかなんですが……」

突然のボケに一瞬忘れかけたが、家の外で聞いた問いを再度聞く絢人。

「ああ、扉霊石《ヒレイセキ》のことね」

ツナマヨパンを食べ終えたリオが、袋をクシャクシャと丸めながら言った。

「ひ…ヒレイ石?」

「扉に霊と書いて扉霊。様々な役割を果たしてくれる便利な石よ。入口をつなぐ他に物を仕舞っておいたり、伝言を記録したりできるわ。それらの効果を利用するのに共通するのが、清めた水をかけることよ。」
リオは少々早口気味に説明した。この時点で絢人の疑問は充分解決していたのだが、ここでリオの口が閉じることはなかった。

「そもそもなんで扉霊石って言うのかというとそれは昔強い霊を封印するための方法の一つとして使われていたからという説があるわ。異世界への入口をつなげてそこに霊を閉じ込めたのね。」

「そ、そうなんですか」

「でもこの説にはアタシあんまり賛同していないの。そもそも扉霊石の原理っていうのは石に込められた霊力が清められた水に反応して起こる反発エネルギーを利用していると考えているの。」

「あのー、リ、リオさんっ…」

「そもそも霊力が道具に使われ始めていたのは西暦1780年代で、さっきの説での昔というのは1760年代後半からと言われているわ。だいたいナポレオンが生まれる10年くらい、前かしら?つまり時間軸的に大幅に矛盾しているのよ!!でもこの扉霊石の原理は未だに解明されてないし、私の説も完璧には証明出来ないんだけど、でも――」

「おいリオ、その辺にしとけ」

怒涛の説明攻めに涙目になっていた絢人にようやく助け舟が来た。

「あ…ああ、ごめんね。アタシこういう話になるとついつい熱くなっちゃって……」

照れくさそうに顔を染めて絢人に謝罪するリオ。話しぶりからして、どうやらとても研究熱心のようだ。ここに着くまでの廊下に置かれた本棚の数や、ここに散乱している資料もひしひしとそれを感じさせる。

「い、いいですよ!おかけで詳しく知ること出来ましたし……でも次は少し手短にお願いしますねっ」

悪気はないようなのでフォローするも、もう一度同じような目にはあまり会いたくないので絢人はやんわりと釘を刺した。

 


「人を喰らう犬神ねぇ……」

「ああ、妙だと思わないか?」

「あの、その犬神についても教えて欲しいんですが…」

本題に入ろうとする二人に、絢人は置いてけぼりになるのを防ぐため説明を求めた。

「犬神ね!犬神は…あっ…えー確かそっちの本棚の…上から4番目の段の右から13番目の本の、第4項目の23頁目に書いてあるはずよ。」

リオは自分の説明だとまた長くなると思ったのか、絢人に資料の位置を伝えた。

ピンポイントすぎる指定にギョッとしつつも言われた通りの位置にある本を手に取る。
本の題名は難しい漢字の羅列で記されており、読み取ることができないが、開くと内容は現代語で要訳されているようだった。

「えーっと第四項目…二十…っ、あった…。」

すごい記憶能力…ていうか域を超えてる。

ごくり、と生唾を飲みこみながら、資料を読み進める。
その本にはこう書いてあった。

『犬神とは、西日本に広く分布する動物霊の一種である。一般的な動物霊の例えとして弧狗狸(こくり)という言葉が使われることがあるが、その狗とは別に分類される特別な動物霊である。また神という言葉が入っているが、神格化された個体は古来の一部の地域でしか記録されておらず、一般的な神程の霊力は備わっていない。性格は様々で、温厚で人間に取り付き守護するものも居れば、獰猛で他の霊に危害を及ぼすものも確認されている。また主に穢れを食べる傾向にあり、これを利用して狩をする狩人は『犬神持ち』と呼ばれる。また犬神に守護されている者も同様に呼ばれる。』

一通り読み終え、ふうとため息が出た。

「わかったか?」

蘭化が緑茶を飲みながら確認した。シルクハットとコートを脱ぎ、椅子に背中を預けてだいぶリラックスしているようだ。

「はい、だいたいは…」

こういった資料があると実在するものなんだって実感が沸くなあ…、とりあえず、なんで今回の犬神が『ケースが違う』って言われているかは理解できた。
穢れっていうのが何かはわからないけど…本来肉とかそういうのを食べない精霊みたいなものなのだろう。人を守る事もあるみたいだし…守護神みたいなものなのかな?

そんな事を考えながら絢人が本を元の位置に戻していると、後ろでリオがパソコンに向かって座っていた。カタカタ、となにか打ちこむ音がする。

「うーん、どうやら今回の犬神は特殊みたいよ。」

どうやら情報をまとめていたようだったリオは、内容を紙にボールペンで走り書きし、それと写真を持って持ってホワイトボードに向かった。

「今回被害に遭っているのは生身の人間のようね。近藤美紀さん、田中大吾さん、西裏佳子さん……」

リオは被害者の名前を読み上げながら、顔写真をマグネットで貼り付けていった。そして下には名前、性別、年齢、生年月日をペンで記していく。

「結構、細かいんですね…」

「霊っていうものは何かに執着することでとで力を得ているから、複数の被害者から何か関連性を見つけることで元を発見することができるの。」

被害者か。
そうだよな、この仕事って、命に関わる仕事なんだよな。
さっきまで人を食らうとか、そういう言葉では感じなかった重みが、当たり前の感情が、被害者の名前と顔を見るとズッシリと心にのしかかってきた。
この人達は、もういないんだ。

「……といっても今回の被害者の肉体的な共通点といえば、全員成人していることぐらいか…」

湯呑の中身を飲み干し、蘭化はため息混じりに言った。

「そうねぇ、やっぱり生前のことも洗ったほうがいいわね。」

リオはそう言いながらパソコンの前に戻っていった。

「よろしく頼む。俺は運転で疲れたから寝るわ……二階の部屋借りるぞ」

蘭化は席を立ち、頭を押さえて大きな欠伸をしながらコートと帽子をとると、ドアに向かった。

「わかったわ。そうそう、あなたご贔屓の西側の部屋はこの前資料室に改装したから。東側の部屋にしてねー。」
パソコンに向かい首だけ振り向いて言うリオ。

「……お前また資料室増やしたのか。」

蘭化もまた首だけ振り返り、呆れたようにリオを見る。また、と言うからには前にも増築があったのだろう。

「仕方ないじゃない、私が生きてるかぎりは資料は増え続けるんだから。ほらさっさと寝る寝る!」

「はい、はい。まったくお前の熱心さには頭が上がらないよ。」

リオはしっしっと手で払いのける動作をし蘭化を急し、それに二度返事で答えながら蘭化は部屋を出、やがて階段を上がる音が聞こえた。

「…えー、何君だったっけ。そうだ絢人君!君はどうする?」
リオは思い出したようにくるんと椅子ごと後ろに振り返り、絢人の方を向くとどうするか尋ねた。

「えっ、そうですね…僕は言うほど眠くないし……」
どうするか、といきなり言われ、うまく答えられない絢人を見た途端、リオは目を輝かせた。

「じゃあ決まりね!」

「へっ?」

突然テンションが上がったリオを前に、思わず間の抜けた声を出す絢人。

「当然!アタシの手伝いよ。よろしく頼むわよ、助手一号くん!!」

おそらく人生で初めて出来たであろう、経験0の若き助手を前に、目の前の研究者は歓喜していた。