物置

書いたものを置く場所です。

養父は狩人。 第0話 「祖父の死」

お爺ちゃんが死んだ。

お調子者で、孫好きだったお爺ちゃん。 生まれてからすぐ、両親が他界した僕に精一杯の愛を注いでくれたお爺ちゃん。

訃報を聞いた時は現実味が無く、しばらく呆けていた。

二週間前、ゲートボール仲間と旅行中、事故にあって逝ってしまった。 車に轢かれ、死因は脳挫傷だった。

生命保健や事故の賠償金、遺産、お金に困ることは無かった。でも、もうあの年甲斐もなくはしゃぐ笑顔は見れなってしまった。 広い家も、財産も、一人になるとブカブカの靴下の用にぎこちなく、気持ちのいいものでは無かった。 時折、もう出ないと思っていた熱いものが、目から零れて止まらない事もある。 やっぱり、まだ立ち直れていない。

お爺ちゃんとの思い出を拭い取るために、生前使っていたものは殆ど家から出した。 といっても、盆栽やゲートボール用具、ハマっていた妙なガラクタぐらいだ。 親切にも、お爺ちゃんの遠い親族のおじさんが引き取り先を紹介してくれて、案外スムーズに事は運んだ。

残った物は、お爺ちゃんが大事にしていた木札と、数珠だけだ。 木札はお爺ちゃんが僕に御守りとして残してくれた物。思えば、昔からお爺ちゃんはおまじないをよくしていた。

寒い。一月の下旬、コートを着ていても耳や手、露出した部分を冬風が容赦なく責め立てる。

「そろそろ時間かな」

腕時計を確認する、時計の長針は11を回ろうとしていた。 12時の待ち合わせだから、あと5分もない。 急いで詰めたので隙間が空いているのか、動くたびに何かが中で動く。

「……確かめなきゃ。」 自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

「あれ…」

お爺ちゃんは歳から自分はもう長くはないと思っていたのか、前もって遺書を残していた。 書斎の戸棚を整理している時に見つけたものだ。

が、寝室の奥を掃除していたところ、もう1通書置きがあるのを発見した。 表紙は無地だったが、閉じた紙の裏からインクが透けて見えた。

それには僕の引き取り先、と記されたの電話番号と、 『孫である絢斗に、私の事を教えてほしい。』と書かれているだけだった。 それを見ていると、色々な疑問が浮かんできた。 引き取り人の事は考えてもいなかったし、それよりまず、親戚の人にも伝えてる筈だ。でもそんな話も聞いていないし、なぜ氏名でも住所でもなく電話番号だけ? 私の事を教えてほしいって…昔の事か何かなんだろうか?それに今まで一緒に暮らしてきたのは紛れもなく僕なのに………

あのおじさんに、相談するべきだろうか? それはあまり気が進まなかった。 おじさんとは葬式の時に初めて知り合った仲で、実際、お爺ちゃん以外に親族を知らなかった僕はひどく安心した。が、向こうはそうでもなかったらしく、遺品の引取りが終わった後は連絡をしても帰ってきてない。

結局、 引き取り先と記された電話番号にかけてみることにした。

そもそも日付ものっておらず、いつ書いたのかもわからない、が、ここに書いてある字は紛れもなくお爺ちゃんの物だ。 骨を焼かれ、灰になって、この世から完全に消えてしまった。 家の中から物を出したりした。心の中からも消さなくてはと。 でも、いくら忘れようとしても、やはり捨てきれないらしい。僕はこの字に、文に、"それ"を感じた。

祖父の、最後の残り香にすがる事にした。

「……」

携帯を開き、メモに書き写した番号を一つづつ押していく。 緊張を払うようにゆっくりと時間をかけて、あるいはいつもより速いかもしれない。僕は打ち終わり、発信ボタンを押した。

「!」

掛かった。プルル、とコール音が鳴っている。でも、すぐには出ない。 3回目のコールが鳴り止もうとした時、ブツッという音と、

「もしもし?」

低い、男性の声が携帯の口から聞こえた。 相手が出た。

「あ……あの…すいません。僕、黒道直之(クロミチナオユキ)の孫なんですけど……」

言った。言ったぞ。 心臓の鼓動が速まる。緊張する。いや、もうしてる?

「………ああ、黒道の爺さんの…」

向こうの男は言った。やはり知人なんだろうか。いや、知人でもない男に孫をあずけるわけがない。混乱してきた。息が苦しい。

「…あ、はい。…」

「名前は?」

相手は矢継ぎ早に言葉を投げかけてきた。当たり前か。僕は自分の名前を言うだけなのに、えらく緊張して、深呼吸をして、言った。

「僕の名前は、絢斗(アヤト)、黒道絢斗(クロミチ アヤト)っていいます。」

それから、少し間が空いた。 なんだよ、今度は黙るのかよ。

たった2.3秒だったのかもしれないが、僕には無限の時のように思えた。 その後、電話の向こうで男は再度口を開いた。

「そうか、よし。」

よし?

「爺さんから話は聞いていた。今から車で迎えにいくから、一応必要な物持って待ってろ。南中台駅の西口に12時に来てくれ」

「い、今!?ですか!?南中台…」

混乱した。いや、いくら何でも急すぎる。迎えに?必要なものって、もしかして引っ越すのか?今から?やっぱりお爺ちゃんの事を何か知ってる?話?

頭の中で複数の疑問が一斉に湧いてはこんがらがり、今耳に入った最寄りの駅の名前を繰り返してしまった。

「急いでるんだ。じゃあ切るぞ」 

「ちょっ……」

─ブツリ

「…き、切れた……?」

ツー、ツー、という機械音が頭の中に響く。

「ひ、必要な物っていったって……」 何秒か、それとも何分か。 しばらく呆けていたが、ハッとして携帯の時計を確認する。時刻は9:57。 「あと2…う、わ…急がないと!!」 そう口にしながら、僕は自分の部屋に走った。

寒さに耐えて待っていると、一台の黒い車が丁度、目の前に止まった。 心臓の鼓動がまた、速まる。窓が開く。

男が居た。

「黒道絢斗、であってるか?」

電話の男の声だった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━